【キナリ★マガジン更新】飽きっぽいから、愛っぽい|葛藤のシングルライダー@東京ディズニーランド

 

キナリ☆マガジン購読者限定で、「小説現代3月号」に掲載している連載エッセイ全文をnoteでも公開します。

表紙イラストは中村隆さんの書き下ろしです。

ふと、落ちたくなるときがある。安全バーに守られた状態で。

この世にストレス発散の手段は数あれども、わたしはとにかく絶叫マシンに乗りまくっている。無骨なジェットコースターがいい。浮遊感と疾走感をガッツリ感じて、ガッツリ叫びたいのだ。

たとえば高いところから真下に落ちるフリーフォールなんかは浮遊感だけなので、あまり乗らない。テーマパークでよく見られる、乗車中にストーリーが展開するやつは、大抵がクライマックスを迎える終盤だけ落下する仕組みになっているからこれも物足りない。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのジュラシック・パーク・ザ・ライドではずっとティラノサウルスに襲われていたいし、ディズニーランドのスプラッシュ・マウンテンではずっと滝壺に投げ込まれていたい。

遊園地やテーマパークへ行き、「これだ!」とゾクゾクくるお気に入りの絶叫マシンを見つけては、そればかり狙って、朝から晩まで乗り続けるのがわたしだ。もちろん、そんな遊び方を受け入れてくれるのは、絶叫マシン好きの狂人(絶狂人)のみだ。家族や数少ない友達に心底いやがられるので、社会人になってからはついに一人でも乗りに行くようになった。

日本国内の恐ろしい絶叫マシンばかりを取り揃えていることで名高い富士急ハイランドにも、会社員だったわたしは週末の仕事を終えるなり、一目散に大阪駅前へ駆けてゆき、4列シートの夜行バスにホクホク顔で乗り込んで向かった。

富士急ハイランドには、かつてシングルスマートフリーパスと呼ばれる画期的なシステムがあった。

園内をひとりで楽しむ人間は、通常のフリーパスよりも安く購入できる。これを告知するチラシを、通勤の駅でたまたま手にとったときの衝撃と感動は忘れられない。そこには確かに「おひとりさま限定」と大きく銘打たれていた。ひとりでも、おひとりでもなく、おひとりさまなのだ。おきゃくさまと同じ、さまがついている。敬われているのだ。優遇されているのだ。富士急ハイランドは、わたしのような寂しい人間を、楽しい人間に変えてくれる。やったぜ。

発射1・56秒で時速180㎞に達するジェットコースターことド・ドドンパに大興奮で5回連続乗り込んだときは、さすがにあらゆる内臓が背中にビターン! とくっついたのか、しばらくベンチから尻を持ち上げられなくなった。きっと人間の体はそんな扱いに耐えられるように作られていないのである。

このシングルスマートフリーパスには、割引のほかにもうひとつ、むしろそっちがキモともいえる特典があった。なんと、特定の絶叫マシンに乗るために並ぶ時間がグッと短くなるのだ。休日ならば1時間は並ぶところ、5分もあれば乗れてしまう。絶叫マシンは大抵、2人並びか4人並びの偶数席なので、たとえば3人グループが座ると、1席余ることになる。この1席がもったいないので、おひとりさまを優先的に案内してくれるのだ。最初、この事情を知らずにジェットコースターに案内されたとき、それはそれは面食らった。

「こちらのお席へどうぞ!」

係員さんに指されたのは、大学生かバイト仲間らしきパーティーピープルたちが仲睦まじく大騒ぎしている輪の中でポツンとそこだけ日が当たっていないかのような席だった。

しかも、おひとりさまは並ぶ列が他とは違うので、パーティーピープルからすれば、1時間も並んでいたはずが突如として見慣れない人間が「ちょっとごめんよ」と相席してくるのだ。

「誰……?」

刺さるような困惑の視線を感じながら、気まずさを真顔で押し殺して乗車していたが、それを5回も繰り返せばもう慣れてしまった。わたしほどのベテランおひとりさまになると、乗り込む車両をちょっと見ただけで、先客たちの関係性や雰囲気を瞬時に読み取って擬態できる。

総員のテンションが高めなら惜しみなく出し尽くし「そういえばこんなヤツ、始めからいたかもしれない」と錯覚させ、低めなら空気のごとく存在感を消し去り「なんか後ろにいたような気がするけど忘れた」と思わせるように努める。世が世なら、忍びの職へ進んだかもしれない。


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