師走の岸田奈美〜疲れた瀬戸内海の化灯籠〜
はじめに
11月って、特段こう、とりわけて目立つほど大変だったことって思い浮かばないんですよ。
新刊が出てから1ヶ月経ったし、文学フリマやサイン会などのちょっとしたイベントはあったけど、そんなに準備がいるもんでもなくて、サッと行ってニャーッと喋ってパッと帰るみたいな感じで。
んだけども、なんか、一回あたりの睡眠時間が1.3倍くらいに伸びて。
仕事や出張の予定があればぜんぜん動けるんだけど、なんもない日に、さあ締め切りが迫ってる小説書くかって思っても、なかなか起き上がれず。
急に気温が下がったからか、さけるチーズをセブンイレブンへ買いに行くたびに体が底冷えで震えるので、風呂に入るか布団で丸くなる。
とはいえ、そんな「しんどい」ってわけでもない。
ちゃんと好きなこともできてる。面白いもんも読めてる。Twitterでしょうもないこともつぶやける。
ただ、こう、本腰を入れてやらんといかん仕事がなかなか手につかない。
一週間か二週間にいっぺん、編集者の佐渡島庸平さんと雑談がてら創作の話をすんだけど、そこでちょっと話してみましたら。
「いや、たぶんめっちゃ疲れてるよ。移動とか、人と話したりで」
「それがわりと元気なんですよね」
そう。わりと元気なのである。
体の調子がなんかスカッとしないけど、心は元気。一昨日も、ずっとワンピース読んでた。「二年後、シャボンディ諸島で!」から十二年近く読めてなかったけど、夜通しで最新刊まで追いついた。元気。
2019年まで勤めていた会社では、徹夜も休日出勤も、一日十五時間労働ハードモードも当たり前にやってたので、それに比べたら、午前中にほぼ予定を入れなくてもよい今はイージードゥダンスモードのはず。
世界も隣人も恨むことはないし、自分のことを嫌いになってもない。
「体がしんどくなっても、心が“元気でいなきゃ”って思い込もうとすると、そうなるんだよ」
なんと。
「マジですか、じゃあこれただの思い込みですか」
「ただの思い込みだね」
体がしんどくなると、心がしんどくなる。そういうもんだと思ってたけど、逆に作用することもあるのか。知らなかった。
そんなもん、自分じゃ気づけん。
「でもわたし、そんなしんどいことしてるかな……。なんもやってない時間の方が長いし、他人の話もちゃんと聞いてないですよ」
「いや、なんもやってなくて、ちゃんと聞いてない方が疲れるよ」
「ええ!?」
「はたから見たら辻褄があうように、頭では超考えてるってことだからね。本当になんも考えずに生きてると、人間はもっとメチャクチャになるし」
いまのわたしは、まだ人としての原型を保っている。それはつまり、なにかしらを頑張って消耗しているということらしい。
そういうわけで、12月はあまり自分の「大丈夫」を信用せず、できるだけぼーっと年越ししようと思います。
茹で餅のように横渡ってるのみだけど、そんなマヌケの岸田を見て、「あー自分もそろそろ休んでええんかな」と感じてもらえたら本望です。
みんなもね、これ、自分じゃ気づかないから。自分をいたわるにしても、それはそれで考えるだけでも体力使うから。
元気なのはいいことだけど、元気でいようとするのはあんまりいいこととも言えんので、そういうときは前向きにあきらめて、お大事にね。師走はもう師歩でいいし、師這でもいいよ。
前月のお金の使いみち
岸田家の収入の90%を占める食い扶持こと、有料定期購読マガジン「キナリ★マガジン」を今月も元気にやってゆきます。
月初に課金なので、「読もうかな〜どうしよっかな〜」と思っていた方は、これを読んだ今日から登録されるのがオススメです。
11月は、東京と徳島で開催した、自主サイン会の交通費と会場費に使わせてもらいました。400人近い人とお話することができたのです。
四国へ行くのは初めてだったので、なんと3日も前入りしまして。
他人にあまりなにかを押し付けないことで有名な佐渡島さんから「クリエーターなら絶対に行った方がいい」と激推しされた、豊島へ行ってきました。
豊島まで行くのに、いったん直島にも上陸したんだけど。
これね。言わずと知れた、これ。
でも現代アートってわたし、そこまで「めちゃくちゃ良いな……」ってなることがあまりなく。感受性とセンスの泉が枯れてるんだと思うけど。
そんななめた心持ちで「豊島美術館」にも行ったら。
今まで触れた“アート”と名のつくものの中で、圧倒的に記憶にも感情にも残る場所でした。文章でうまく説明ができない。
昔の人が「大仏を建立すっか」って、とてつもない衝動にかられる瞬間って、ああいうものを見た時のことを言うんだと思う。豊島美術館は、美術館そのものという一つのアートを展示するために作られた、箱のような、祭壇のような、母のような、宇宙のようなものです。
よかったなァ。
本当に、行ってよかった。
交通費も宿泊費も余計にかかるので、シンプルにお金に助けられました。ありがとうございます。
豊かな自然をそのままにしているロケーションなので、車いすとか、ベビーカーとかだと、行くのは難しいかもだけど、わたしが経費を補助してでもみんなに見てもらいたいと思ったので、いつかそういうこともできたらいいな。
あとは、弟の誕生日のリクエストで「ディズニーランド」と夢に見るくらいしつこく所望されたので、行ってきました。入場制限がかなり厳しいので、チケット付きのオフィシャルホテルのプランを生まれて初めて予約してしまった。
これはこれで、とても愉快でおどろおどろしいことがあったので、今月どこかでnoteに書いておすそわけします。
今月もどうぞ、よろしくお願いします。
11月によく読まれた記事(無料・有料 含む)
Twitterで「障害者、死ね」とリプライが届いた時の顛末です。全体公開は2日だけだったにもかかわらず、50万人近いひとが読んでくださいました。いまはキナリ★マガジンの購読者限定公開です。
お家のお金騒動のみっともねえ話なので、キナリ★マガジン購読者限定公開です。これは公開してから、自分も家族の借金を背負ってたとか、つらいような、いっそ笑えるような、いろんなお話をシェアしてもらいました。
まさか1年以上経った今でもこんなに伸びるとは。あやしいビジネスの話が持ち上がるたびに読まれるnoteです。
個人的にオチがすごく気に入っていて、あれを電話で話した瞬間にこれもうnoteに書こうと決めたのであります。
温泉水99は普通にめちゃめちゃ美味い水なので一旦飲んでみてください。
12月の出演・開催情報
広島県で自主サイン会があります。
12月19日、京都のヘラルボニー POP UP ストアのイベントにお邪魔します。ヘラルボニーの新作を店頭で見るついでにぜひ。サインも対応します。
12月20日、東京の青山ブックセンターで田内学さんの「お金のむこうに人がいる」新刊記念イベントに、近内悠太さんと三人で出演します。とっても久しぶりな気がするオフライン限定イベントです。
本を郵送してくださったら、わたしがサインして返送する企画は12月31日までなので、お早めにどうぞ。
すぐに完売してしまった同人誌「言ったことのない名言」は12月中〜下旬に再販分をBOOTHでオンライン販売予定です。
タイトルになってる瀬戸内海の化灯籠は、iPhoneから自動でなぜか提案されたニックネームです。気に入ってます。